「営業職は売上や利益に応じて給与を支払うものであり、ダラダラと長時間働いたからといって、残業代を求めてくるというのはとんでもない話だ」。 経営者や人事担当者の皆様の中には、このように考えている方も多いのではないでしょうか。特に外回りを行う営業職については、社内での勤務と異なり労働時間の正確な把握が難しいため、「毎月〇万円の営業手当を支払っており、入社の際にこれが残業代に充てられるものと説明している」として、別途残業代を支払っていないケースが多々見受けられます。
しかし近年、こうした運用をしている企業に対して、外回りを行う営業職の社員から「残業代を支払ってほしい」と要望が出たり、退職後に多額の未払い残業代を請求されたりする労働トラブルが後を絶ちません。会社側としては良かれと思って支払っていた営業手当が、法的には残業代の支払いと認められず、結果として会社が大きな経営リスクを背負い込む事態が生じています。
本記事では、営業職に対する「営業手当」や「事業場外みなし労働時間制」に潜む誤解を紐解き、スマホ等でいつでも連絡が取れる現代における外回り社員の残業代請求リスクと、その対策となる適正な勤怠管理の手法について徹底解説します。
「営業手当を出しているから残業代は不要」という誤解と正しい運用
会社側が抱きがちな「成果主義=残業代不要」の誤解
日本の企業の多くは、営業職の給与を「基本給+営業手当+営業成果に対するインセンティブ」といった構成にしています。この背景には、営業職はかけた「時間」ではなく、あげた「売上や利益」に応じて評価され、給与が支払われるべきだという成果主義の考え方があります。 経営者からすれば、「会社に利益をもたらしてこそ営業職であり、成果も出さずにダラダラと長時間働いただけで残業代を請求してくるのはとんでもない」と感じるのは自然な感情かもしれません。そのため、「毎月の営業手当を入社時に残業代の代わりだと説明したから、どれだけ残業しても追加の支払いは不要だ」と思い込んで運用しているケースが非常に多いのです。
「営業手当=残業代」と認められるための法的なハードル
しかし、労働基準法において、単に「営業手当」という名称の金銭を支払うことや、入社時に口頭で「この手当は残業代の代わりだ」と説明することだけでは、法的な残業代(時間外割増賃金)の支払いとは認められません。 過去の裁判例などを踏まえると、ある手当が「固定残業代(みなし残業代)」として適法に認められるためには、雇用契約書や就業規則において、基本給部分と時間外労働に対する対価部分(手当)が「明確に区分」されており、その手当が「具体的に何時間分の残業代に相当するのか」が明示されている必要があります。 さらに、実際の残業時間がその設定時間を超えた場合には、会社は必ず超過分の差額を追加で支払わなければなりません。こうした厳密な要件を満たさずに曖昧な名目で営業手当を支払っていると、法的には「基本給の一部」とみなされてしまい、逆に残業代計算のベースとなる単価を引き上げ、未払い残業代の請求額を膨れ上がらせる致命的なリスクとなります。
「事業場外みなし労働時間制」が認められるための厳しい要件
事業場外みなし労働時間制の原則と「スマホ」による連絡の罠
外回りも多い営業職の労働時間管理について、まず会社が検討を考えるのが「事業場外のみなし労働時間制」の適用です。 これは、事業場外で業務に従事し、使用者の指揮監督が及ばず「労働時間を算定し難い」場合に、あらかじめ定めた時間(通常は所定労働時間)を働いたものとみなす制度です。会社としては「外回りは何をしているか見えないから、定時まで働いたとみなして残業代を払わない仕組みにしよう」と考えがちです。
しかし、現代の営業職において、この「労働時間を算定し難い」という厳しい要件を満たすことは非常に困難になっています。なぜなら、会社からスマートフォンや携帯電話、ノートパソコンなどを支給されており、上司から随時電話やメール、チャット等で業務指示を受けたり、行動の報告を行ったりできる状態にある場合は、使用者の指揮監督が及んでいる(=労働時間の算定は可能である)と判断されるからです。 その他にも、訪問先や帰社時刻があらかじめ会社に指定されている場合や、労働時間管理を行うグループリーダーと同行している場合なども、みなし労働時間制の適用は否定される傾向にあります。したがって、「営業職=みなし労働時間制で残業代不要」という考えは、もはや通用しないと考えたほうが安全です。
「企画業務型裁量労働制」という選択肢とその限界
業務の内容や勤務状況によっては、事業場外みなし労働時間制ではなく「企画業務型裁量労働制」の対象業務とした方が、会社にとって有利な場合があります。 企画業務型裁量労働制は、業務の遂行方法や時間配分を大幅に労働者の裁量に委ねる制度です。御社における営業活動が、単なる外回りではなく、法人に対する自社の製品およびサービスの高度な「提案営業」である場合、この対象となるかを検討する余地があります。
しかし、いずれの制度を適用すべきかは簡単に判断を下すことはできません。対象者の勤務状況をタイムカードなどの客観的な記録で確認し、要件と照らし合わせて検討する必要があります。現状では、適用できる営業職の範囲は極めて限定的である点に留意しなければなりません。
営業職の「直行直帰」や「持ち帰り残業」の労働時間管理をどうするか
喫茶店や自宅での「隠れ残業」が引き起こす未払いリスク
営業職の労働時間管理において、企業が特に頭を抱えるのが、社外で行われる「隠れ残業」の問題です。 実際にあった事例として、ある社員は「日々営業報告書および翌日の資料を準備しなければならないため、出先から帰社せずに喫茶店等で夜遅くまで資料の作成や整理を行う状態が続いている」と主張し、残業代の支払いを要望してきました。
会社からすれば「外回りと社内業務が半々のため、勤務時間の管理がルーズになりがち」であり、「定時が過ぎているのに勝手に喫茶店で仕事をしているのだから、会社の責任ではない」と反発したくなるでしょう。しかし、のちのち弁護士等を通じて残業代をまとめて請求された場合、この反論は非常に脆弱です。
会社の「黙示の指示」とされないための業務の棚卸し
労働基準法上、従業員が行った作業が「労働時間」に該当するかどうかは、客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれていたかどうかで判断されます。たとえ直行直帰の途中や喫茶店、あるいは自宅であっても、翌日の営業活動に必須の資料作成や、会社から提出を義務付けられている日報の作成を行っていたのであれば、それは「会社が黙示的に業務を指示した(または残業を黙認した)」とみなされ、労働時間としてカウントされてしまいます。 この持ち帰り残業リスクを防ぐためには、営業職に課している報告書などの業務量が、所定労働時間内に本当に終わる量なのかを棚卸しする必要があります。終わらない量であれば業務を効率化するか、残業として認めて対価を支払うかの二択しかありません。
GPS打刻や勤怠管理システムの活用と、会社のリスクヘッジ策
ここまで述べてきた通り、営業職の労働時間管理を曖昧にしたまま放置することは、将来の莫大な未払い残業代請求リスクを抱え込むことを意味します。これを適正化し、リスクヘッジを図るためには具体的な対策が必要です。
客観的な勤務状況の把握とGPS打刻の活用
いずれの制度を適用するにしても、まずは対象者の勤務状況をタイムカード等で客観的に確認することが出発点となります。外回りの営業職であっても、近年ではスマートフォンやタブレットから打刻ができるクラウド型の「勤怠管理システム」が広く普及しています。GPS機能を利用して「どこで」「何時に」業務を開始し、終了したのかを正確に記録することができます。これにより、社員の虚偽申告や、ダラダラとした長時間の滞留を防ぐ客観的な証拠を残すことが可能になります。
「事前許可制」の導入と運用ルールの徹底
システムで時間を把握することに加え、「残業申請の事前許可制」を社内に徹底することが極めて重要です。就業規則等に「時間外労働を行う場合は、必ず事前に上司へ申請し、許可を得なければならない」と規定し、会社の許可なき社外での業務(喫茶店での作業や持ち帰り残業)を原則として禁止します。 もし、直行直帰の帰路で勝手に仕事をしている社員がいれば、上司は「許可していない残業は行わず、直ちに業務を終了すること」と明確に業務命令を発し、記録に残します。こうした厳格な勤怠管理の運用ルールを敷くことで、初めて「会社の指揮命令外で行われた個人的な作業である」という反論が法的に成立しやすくなります。
まとめ
実態に即した勤怠管理が最大の防衛策 「営業職だから残業代は不要」「手当を出しているから安心」という旧態依然とした考え方は、もはや経営にとって大きな脅威です。 外回りであってもスマートフォンで常に連絡が取れる現代においては、「事業場外みなし労働時間制」の適用ハードルは極めて高く、安易な適用は違法とみなされるリスクを伴います。 会社を守るためには、システムを活用した「客観的な労働時間の把握」、固定残業代制度を利用する場合は「明確な区分と運用」、そして「残業の事前許可制」の徹底という、実態に即した適正な勤怠管理体制を構築することが最大の防衛策となります。自社の営業職の働き方がどうなっているか、実態を今一度見直してみましょう。

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