1.労働行政および労災認定にかかる長時間残業のリスク
① 80時間を超える残業を合法化することはできるが、立入検査の対象となる
労働基準法で定められた法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超えて、従業員に残業を行わせるには従業員代表と労使協定(36協定)を締結し、所轄労働基準監督署へ届け出ることが要件とされます。36協定による月の残業時間は厚生労働省の通達により通常45時間までとされますが、臨時にその時間を超えて残業をさせる必要のある場合、36協定の中に「特別条項」を設けることで、1年のうち6回まで月に45時間を超え、36協定で定めた範囲で(青天井で)合法的に残業を行わせることが可能となるため、たとえば100時間の残業であっても一概に違法ではないといえます。しかしながら、最近は長時間残業を原因とする過労死が問題となっており、月に80時間を超える残業を行わせている会社に対しては、各都道府県労働局の過重労働特別対策班(かとく)が立ち入り検査などを重点的に行っており、その際に36協定の範囲を超える残業などの違法状態が見つかった場合、企業名の公表及び書類送検などを行うとしています。
② 長時間残業と「過労死」の間には因果関係が認められる
労災の認定にあたっては、行っていた業務と事故との間に業務遂行性(労働契約に基づき事業主の支配下にあること)および業務起因性(それに伴う危険が現実化したと認められる)が存在することが要件となります。近年は厚生労働省より専門家の検討によるガイドライン(後述)が示されており、業務による心身への負荷(長時間残業を含む)が、うつ病等の精神障害を引き起こし自殺に至る可能性があること、および脳血管疾患または心疾患の発症または増悪を引き起こすことには因果関係があるとされています。100時間くらいなら残業しても自分は大丈夫だという上司の方も多くいらっしゃいますが、「過労死」の判定にあたっては「通常想定される範囲の同種労働者の中で最も脆弱な者を基準とする」(豊田労基署長事件 名古屋高判H15.7.8)という考え方が取られておりまして、つまり、心身に障害がない従業員が過労により死亡した場合、本人の精神的な脆さや健康状態を問題とすることなく、労災として認められるということになります。
※明らかに業務以外の出来事が原因であったり、持病が自然に悪化したものは除く。
③ 1ヶ月に80時間以上の残業は労災と認められやすい
このような過労死の判断については「脳血管疾患及び虚血性心疾患の認定基準」(厚生労働省H13.12.12)および、「心理的負荷による精神障害の認定基準」(厚生労働省H23.12.26)が有力な基準とされており、労災のみならず、会社の債務不履行(安全配慮義務違反)があったとして損害賠償責任などを追及される場合においてもこれらの基準に準じて判断されることとなります。これらの基準によると、残業時間が1ヶ月に45時間を超えるにつれ過労死が認められる可能性が強まってくるとされますが、実際の判例では1ヶ月に80時間未満の残業であれば労災は認められないことが多くなっており、この80時間が残業の限度時間の目安となる「過労死ライン」といわれています。
労災保険法上の死亡と残業時間の関連性
死亡と長時間残業との関連性 | 心理的負荷による精神障害(うつ病等) | 脳血管疾患または心疾患 |
認められる | 残業が直近1ヶ月に160時間以上またはおおよそ1週間に40時間を超える | 残業が直近1ヶ月に100時間を超えるか、直近2~6ヶ月に平均して80時間を超える |
ほぼ認められる | 直近2ヶ月に各120時間を超えるまたは直近3ヶ月に各100時間を超え、恒常的な長時間労働が認められる場合 | |
他の要素(※)と併せて認められる | 残業が直近1ヶ月に80時間を超える | |
他の要素(※)と併せて考慮 | 残業が直近1ヶ月に45時間を超え80時間以下 | 残業が直近1ヶ月に45時間を超え80時間以下 |
※他の要素とは
突発的または予測困難な事態の発生、急激で著しい作業環境の変化、不規則な勤務形態、劣悪な作業環境下での勤務、精神的ストレスなど
2.民事上の債務不履行(安全配慮義務違反)にかかる長時間残業のリスク
① 労災が認定されても会社が民事上の責任を問われない場合がある
日頃意識されませんが、会社は従業員に勤務をさせると同時に、従業員に対する「安全配慮義務」を負っており、日ごろより従業員の健康状態を把握し、業務遂行のために健康を害さないように配慮しなければならないとされています。万が一、従業員の死亡原因が過労であると疑われる場合、通常、遺族は国(労働基準監督署)に対する労災補償給付の請求を行い、その上で会社を相手に訴訟を起こし、安全配慮義務を果たさなかった責任「債務不履行」を追及し、損害賠償などを求めてきます。労災を認定する際の基準は労働基準法による無過失責任(会社の責任の有無が問題とならない補償義務)を前提とするため、債務不履行(会社の安全配慮義務違反)の立証が問題となる民事上の訴訟においては必ずしも労災と同一の基準で判断されるわけではありません。すなわち、労災が認定されたとしても会社の債務不履行(安全配慮義務違反)が認められない場合、会社は民事上の責任は問われないこととなります。
② 安全配慮義務違反とならないために会社はどのようにすべきか?
月に80時間を超える残業を行わせることが過労死のリスクを高めることは厚生労働省のガイドラインに示されている通り周知のところでして、判例の中にはこの前提を必ずしも認めていないケースがあるものの、月に80時間を超える残業を行わせること自体が安全配慮義務違反の一要素であるといって差し支えないと考えます。裁判などでは「会社は残業の命令は出しておらず、本人の裁量により残業を行っていた」という主張がしばしば聞かれ、これは一定の範囲で認められる場合がありますが、基本的には労働時間の把握および管理は会社の義務であり、長時間の残業が生じている場合には労働時間の短縮や最近話題となっている勤務間インターバル(終業から翌日の始業までの間に一定の時間を置く)などの措置を講じ、従業員に疲労が蓄積しないようにしなければなりません。また、健康診断および医師などによる面接指導を実施し、本人の健康状態の把握および、状態に応じて業務上の負荷ないし労働時間を短縮するため、具体的な対策を講じる必要があります。
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