企業の業績向上や、社員のモチベーション・生産性を高めるための成果主義的な賃金制度として、「年俸制」を導入する企業が増えています。 しかし、年俸制を導入した経営者や人事担当者から、「年俸制の社員には残業代を支払わなくて良いですよね?」「ボーナスを含めた年俸で契約しているから、面倒な計算は不要のはずだ」といった声を聞くことが少なくありません。
結論から言えば、その認識は非常に危険です。「年俸制=残業代込み・使い放題」という誤解のまま制度を運用していると、退職した社員から未払い残業代を請求され、結果的に多額のコストと法的リスクを背負い込むことになりかねません。
本記事では、会社を労働トラブルから守るために、年俸制社員に対する残業代の考え方、ボーナスや欠勤控除の扱い、そして法的リスクを回避するための正しい契約書の書き方(固定残業代の活用法)など、年俸制運用のメリット・デメリットを徹底解説します。
「年俸制=使い放題」という誤解。年俸制でも残業代支払い義務がある理由。
プロ野球選手などの年俸制(請負契約)との違い
「年俸制」とは、会社が従業員に支払う賃金の額を年単位で決定する制度です。主に管理職や高度専門職など、仕事の成果が問われる職務で採用されることが多く、実績や評価によって年俸額が変動するのが特徴です。 ここで多くの人が陥りやすいのが、「プロ野球選手などの年俸制」と同じように捉えてしまうという誤解です。プロ野球選手の年俸制は「請負契約」であるのに対し、会社と従業員が結ぶのは「労働契約」であり、全く別物として考えなければなりません。 労働契約である以上、労働基準法が適用されます。そのため、年俸制という賃金体系にしたからといって、会社が労働時間の管理を行わなくてよくなるわけではなく、残業代(時間外割増賃金)を支払う必要がなくなるという法的効果も一切ありません。実際に従業員が定められた所定労働時間を超えて残業を行った場合には、会社はその残業時間に対応した残業代を支払う義務があります。
年俸制の導入で、かえって残業代単価が高くなるリスク
年俸制を安易に導入するデメリットとして、残業代の「単価」が高騰してしまう問題が挙げられます。 年俸制で定められた賃金は、労働基準法の「賃金毎月1回以上支払いの原則」に基づき、各月に分配して支払う必要があります。支払い方法としては、年俸額の1/12ずつを毎月均等に支払う「平準分配型」や、毎月の給与は1/16ずつに抑え、残りの2/16ずつを夏と冬のボーナス時期に支払う「ボーナス的支給型」などがあります。
通常の月給制であれば、夏や冬に別途支給される賞与(ボーナス)は「臨時に支払われる賃金」とみなされ、残業代を計算する際の基礎賃金(分母)からは除外されます。 しかし年俸制の場合は、あらかじめ年間に支払う総額が定まっているため、タイミングを変えてボーナスのように支払ったとしても、法的には「臨時に支払われる賃金」とは評価されません。その結果、ボーナス部分も含めた年俸額全体を1/12して月額にならした金額が残業代計算の基礎となってしまい、通常の月給制と比べて残業代の単価が大幅に高くなってしまうのです。
年俸に残業代を組み込む場合の正しい契約書の書き方(固定残業代の活用)
残業代単価が高くなるリスクを抑え、人件費を適切に管理するためには、「年俸額の一部にみなし残業代(固定残業代)を設定する」という方法が有効です。これを正しく運用できれば、実際の残業時間がみなし残業時間に達するまでの残業代は、すでに年俸給に含めて支払ったものとして処理できます。
「残業代は年俸に含まれる」という曖昧な規定は無効
トラブルの元になるのが、「年俸には残業代を含む」とだけ説明して、具体的に定めていないケースです。会社側がいくら「年俸に残業代を含んでいる」と反論しても、残業代が年俸額のうち「いくら」で、「何時間分」の残業代に相当するのかをあらかじめ明示していなければ、法的には無効と判断されます。設定が曖昧な固定残業代は、従業員の申し立てによって無効とされるリスクが極めて高く、無効になれば初めの1時間目からの残業代を全額追加で支払わなければなりません。
労働契約書(雇用契約書)の正しい記載例
固定残業代を適法に導入するためには、労働契約において金額と時間数を明確に区分し、証拠が残る形で従業員の同意を得ておく必要があります。以下は、年俸給の一部にみなし残業代を設定する場合の正しい記載例です。
【契約書の記載例】 「年俸額 6,000,000円 月給として 500,000円(うち125,000円は月に45時間分の時間外勤務手当、深夜勤務手当、休日勤務手当の合計に相当し、実労働時間および手当がこれに満たない場合でも支払うものとします)」
超過分の差額支払いと労働時間管理は必須
固定残業代を定めたからといって、残業が「使い放題」になるわけではありません。労働時間についてはタイムカードなどで正確に記録・計算し、みなし残業時間(上記の例では45時間)をオーバーした分については、その差額の残業代をすべて追加で支給することが大前提となります。
年俸制社員の賞与(ボーナス)の扱いや、欠勤・遅刻時の給与控除の計算方法
年俸制における賞与(ボーナス)の扱い
前述の通り、あらかじめ確定している年俸額を分割して夏や冬に「ボーナス」として支給する運用(ボーナス的支給型)では、そのボーナス部分は残業代の計算基礎に含まれてしまいます。もし、賞与を残業代の計算基礎から除外したい場合は、「年俸額とは完全に切り離し、会社の業績や本人の成果に応じて、あらかじめ金額が確定していない賞与を別途支給する」という業績連動型の制度設計にする必要があります。
欠勤や遅刻時の給与控除(ノーワーク・ノーペイ)
「年俸制は1年間の給与が約束されているのだから、遅刻や欠勤をしても給与を減らしてはいけない」と考える従業員がいますが、これも誤解です。 労働基準法には「ノーワーク・ノーペイの原則(働かなかった時間分の賃金は支払う義務がない)」があるため、年俸制であっても、遅刻、早退、欠勤による給与控除は可能です。 ただし、トラブルを防ぐためには、就業規則や雇用契約書に「欠勤・遅刻等の不就労時間があった場合は、給与から控除する」旨と、その計算方法(例:年俸額 ÷ 年間所定労働日数 = 1日あたりの控除額)を明確に定めておく必要があります。
成果主義と人件費管理を両立させるための年俸制運用のポイント
「名ばかり管理職」リスクへの対応 成果主義を導入するため、課長などの管理職を年俸制にするケースは非常に多く見られます。しかし、役職がついて年俸制になったからといって、自動的に残業代の支払いが不要になるわけではありません。 残業代の支払いが法的に免除されるのは、「労働基準法上の管理監督者」に該当する場合のみです。管理監督者として認められるには、以下の厳しい基準を満たす必要があります。
- 経営者と一体の立場にあること(業務に関する裁量と権限、部下への人事考課等の決定権があるか)
- 厳格な時間管理を受けないこと(自分の労働時間を決定する裁量と権限があるか)
- その地位にふさわしい処遇を受けていること(年俸ベースで700~800万円以上の報酬を受けているか)
単なる「課長補佐」などの役職名だけではこれらに該当しないことが多く、その場合は一般社員と同様に残業代を支払う義務があります。 さらに注意すべきは、真の「管理監督者」であったとしても、深夜労働(午後10時から午前5時)を行った時間については、深夜割増賃金(深夜手当)を支払う法的義務があるという点です。会社は管理監督者であっても深夜業のカウントなど、最低限の時間管理を行う必要があります。
まとめ:メリットを活かすための制度設計
年俸制の導入は、社員の成果や実績をダイレクトに評価し、モチベーションを引き出すという素晴らしいメリットがあります。しかし、その一方で「残業代支払いの免除」や「労働時間管理の放棄」といった誤った解釈で運用してしまうと、深刻なデメリット(未払い残業代請求の訴訟リスクや労働基準監督署からの是正勧告)を招きます。
年俸制のメリットを最大限に活かしつつ法的リスクを抑えるためには、
・固定残業代を導入する場合は、金額と時間数を労働契約書に明示し、同意を得る。
・固定分を超過した残業代や、深夜割増賃金は必ず支払う。
・年俸制であっても、タイムカード等で労働時間を正確に把握する。
・就業規則にボーナスや欠勤控除のルールを明確に定めておく。
これらを徹底することが不可欠です。自社の年俸制が「使い放題」のブラックな運用になっていないか、今一度契約書と実態を見直してみましょう。

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