企業が新たな人材を採用する際、求職者が最も注目するのは求人票の「給与」欄です。会社側としては、少しでも多くの応募者を集めるために給与額を高く見せたいという思いから、基本給に固定残業代(みなし残業代)を含めた総額を用いて「給与:25万円」「月給30万円(残業代含む)」といった記載をしてしまうケースが少なくありません。
しかし、このような「固定残業代」の曖昧な表記のまま採用活動を行うことは、現在では非常に危険な行為です。入社後に「残業代が別途支払われると思っていた」「聞いていた労働条件と違う」といった不満が生じ、退職後に莫大な未払い残業代を請求される深刻な労働トラブルへと発展する原因となります。 近年では、求人票と実際の労働条件が異なるケースが「虚偽求人」として大きな社会問題となっており、法令によっても求人票への記載ルールが厳格化されています。
本記事では、ハローワークや転職サイトで求人を出す際に企業が絶対に守るべき固定残業代の明示ルールから、「基本給に残業代を含む」といった表記が違法となる根本的な理由、基本給を低く設定する際の最低賃金割れリスク、そして入社後のトラブルを未然に防ぐための労働条件通知書の作成方法までを徹底解説します。
若者雇用促進法や職業安定法により義務付けられた、求人票への固定残業代の明示ルール
「虚偽求人」として問題視される曖昧な記載
「求人票にはみなし残業制度がある旨が記載されていなかったのに、実際に入社してみたら固定残業代が基本給に込みになっていた」というような会社側と従業員側の認識のズレは、最近では「虚偽求人」とも呼ばれ、社会的に厳しく批判される対象となっています。 ハローワークで求人を行おうとすると、窓口において必ず「みなし残業時間および固定残業代の金額を分けて明記するよう」に厳格な指導を受けることになります。
法改正により義務付けられた「3つの明示ルール」
この指導の背景には、「若者雇用促進法(青少年の雇用の促進等に関する法律)」や「職業安定法」の改正があります。これらの法律の指針により、固定残業代を採用している企業がハローワークや民間の職業紹介事業者、転職サイトなどの求人メディアに募集を出す際には、以下の3つの事項を必ず明示することが義務付けられました。
- 固定残業代の金額(例:固定残業代として〇〇円を支給する)
- その固定残業代が何時間分の時間外労働に相当するのかという時間数(例:〇〇時間分の時間外労働の割増賃金として支給する)
- 固定残業時間を超えて残業を行った場合には、超過分の割増賃金を追加で支払う旨(例:〇〇時間を超える時間外労働分については、別途割増賃金を追加で支給する)
これらの明示を怠ると、法令違反として行政指導の対象となるだけでなく、大手求人メディアの掲載審査そのものに通らなくなります。求職者に対して労働条件を正確かつ隠し立てなく伝えることが、現代の採用活動において企業が最低限守るべきルールとなっているのです。
「給与:25万円(残業代含む)」といった書き方が違法となる理由
判例で厳しく問われる「明確区分性」
では、なぜ「給与:25万円(残業代含む)」といった書き方がいけないのでしょうか。 固定残業代(みなし残業代)を適法に導入するためには、労働契約などにおいて、会社と従業員の公平な立場による合意に基づき、時間数および金額を明確に定める必要があります。 過去の数々の裁判例においても、固定残業代が有効と認められるためには、どこまでが通常の労働に対する対価(基本給)であり、どこからが時間外労働に対する対価(固定残業代)なのかが明確に区分されていること、すなわち「明確区分性」を満たすことが絶対条件とされています。
例えば、以下のような記載は、みなし残業制度としては原則として無効となります。
- 無効な例1: 基本給 300,000円(※口頭で「残業代は基本給に含まれる」と告知していた)
- 無効な例2: 基本給 300,000円(固定残業代を含む)
- 無効な例3: 基本給 300,000円(固定残業代30時間分を含む)
- 無効な例4: 基本給 230,000円、固定残業代 70,000円(※何時間分かの明記がない)
これらの曖昧な記載では、労働基準法で定められた割増賃金が正しく支払われているかどうかの計算や確認ができないため、違法とみなされてしまうのです。
無効になった場合の恐ろしい「二重払い」リスク
もし、こうした曖昧な記載のまま運用を続け、後になって従業員から残業代を請求されたとします。裁判等で固定残業代が無効であると判断された場合、会社にとって非常に厳しい結末が待っています。 無効と判断されると、会社が「すでに残業代を含めて支払っていた」と主張していた総額(上記の例であれば30万円)すべてが、基本給(割増賃金の計算基礎となる単価)の一部として扱われてしまいます。 その結果、単価が不当に高くなった基本給をベースにして過去の残業代を再計算され、さらに初めの1分から全額を未払い残業代として支払わねばならないという、経営を揺るがすほどの深刻なダメージを受けることになります。
正しい雇用契約書・求人票の記載例
このようなリスクを回避し、明確区分性を満たすためには、以下のように記載しなければなりません。
- 正しい例① 基本給 230,000円 固定残業代(30時間分)70,000円
- 正しい例② 基本給 300,000円 (うち70,000円分は月に30時間分の時間外勤務手当、深夜勤務手当、休日勤務手当の合計に相当し、実労働時間および手当がこれに満たない場合でも支払うものとします)
このように、「基本給」「固定残業代の金額」「相当する時間数」をセットで明示することが必須となります。
基本給を低く設定しすぎるリスク(最低賃金割れの可能性)
ハローワークや求人サイトの指導に従い、基本給と固定残業代を正しく分けて表示しようとすると、企業側には別の悩みが浮上します。
分けて表示することによる採用への悪影響
固定残業代を分けて表示すると、その分だけ求人票上の「基本給」が低く表示されることになります。これにより、同業他社と比較して給与が安い印象を与えてしまい、採用活動がスムーズにいかなくなる場合があります。とりわけ、元々の基本給が低い場合には、給与全体に占める固定残業代の割合が大きく見えてしまうため、その傾向が顕著になります。 例えば、基本給が東京都の最低賃金レベルである場合、以下のような記載になってしまいます。 【契約書の記載例】 基本給200,000円(月160時間労働として) 固定残業代(45時間分)71,000円
会社としては人件費の総枠を増やせない中で、合法的に固定残業代を基本給に入れ込もうとすると、求職者から「基本給が安すぎる」と敬遠されたり、既存従業員のモチベーションが低下したりするなどの弊害が生じる可能性があることを考慮しなければなりません。
「最低賃金割れ」の法的リスク
さらに注意すべきは、基本給を低く設定しすぎた結果引き起こされる「最低賃金割れ」のリスクです。 固定残業代を導入し、適法に運用するためには、基本給(固定給)部分が、各都道府県が定める最低賃金額を必ず上回っていなければなりません(固定残業代部分は最低賃金の計算から除外されます)。 求人票の見栄えを良くするために月給の総額を高く設定し、そのうちの大きな割合を固定残業代に割り振って基本給をギリギリまで下げてしまうと、基本給を時給換算した際に最低賃金を下回ってしまう危険性があります。最低賃金法に違反すると、不足額の遡及支払いが命じられるだけでなく、罰則の対象にもなります。求人を出す前には、必ず基本給部分が最低賃金をクリアしているかを確認してください。
入社後の「聞いていなかった」トラブルを防ぐ、労働条件通知書との整合性
求人票を正しく記載したからといって、安心してはいけません。求人票はあくまで「募集時の条件の目安」に過ぎず、実際に従業員を雇用する際には、法的に効力を持つ書類での合意が不可欠です。
労働条件通知書・雇用契約書への明示と同意
採用が決定し、従業員が入社する際には、労働基準法に基づき「労働条件通知書(または雇用契約書)」を交付しなければなりません。ここで最も重要なのは、求人票に記載した固定残業代の条件(基本給、固定残業代の額、時間数、超過分の支払い等)を、労働条件通知書にも全く同じように明示し、従業員から同意を得ることです。 求人票には立派なことが書かれていたのに、いざ交付された労働条件通知書を見ると「基本給に残業代を含む」としか書かれていないといった整合性の欠如は、入社直後から会社への不信感を生み、「騙された」というトラブルの火種となります。
「超過分の支払い」の徹底と丁寧な説明
固定残業代制度は、一部の企業による悪用が目立ったため「ブラック企業の常套手段」「定額働かせ放題の制度」といったネガティブな誤解をされがちです。しかし、本来の固定残業代とは、残業を行っても行わなくても一定額の残業代を保証するという趣旨であり、決して会社側にとって都合よく人件費を削るためのものではありません。 会社は、タイムカード等で実際の労働時間を正確に計算・管理し、固定残業代として設定した時間をオーバーした場合には、その超過分の残業代をすべて追加で支給しなければなりません。ここを切り捨ててしまうと、完全な違法行為となります。
固定残業代を「サービス残業を強制するための免罪符」のように誤解している従業員も多いため、入社時の面接やオリエンテーションの場において、会社側から制度の趣旨(早く仕事を終わらせても給与は減らないメリットなど)や、超過分は適正に支払うという運用ルールを丁寧に説明することが極めて重要です。
まとめ
求人票における固定残業代の記載は、企業のコンプライアンス意識が如実に表れる部分です。「基本給に含む」といった曖昧な記載を排除し、「金額」「時間数」「超過分の支払いルール」を求人票および労働条件通知書に明確に記載すること。そして、実態として適正な労働時間管理と超過分の支払いを行うことが、結果として「聞いていなかった」という労働トラブルから会社を守る最強の防衛策となります。採用活動を機に、自社の固定残業代の規定と求人票の表記を今一度見直してみましょう。

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